今更抄

「今更でしょ」な話を今更

エスカレーター

 「モンブランってドルチェがあるが、最近は茶黒い色のものが多いでモンテネグロとでも称した方がイイのではないか」と、わけの分からないことを言ったことがある。人のアイデンティティたる国の名前を(一応)ジョークで料理の名に使うなんて思うかもしれないが、台湾まぜそばトルコライスもあるし、何より若さ溢れる時期の話なのでご寛恕願いたい。当時の相手の方は非常に気に入ってくれていたが、今考えてもあの人が稀有い感性をしてくれていると思うのでやはり好きな人に入る。

 

 上記のような小言っぽいどうでもよいことを考える癖がある。上記の思考は簡単で、言葉を「文字通り・原義通り」に捉えて、現状とリテラルの齟齬を見つけ、その状況が原義通り・文字通りになるようにするにはこう言う必要があるのではないかと提案するだけの簡単3ステップで完成する。

 言葉は文字通り・原義通りにのみ使われるわけでない。日常の積み重ねで派生し、文字・原義とかけ離れることなんて茶飯事であり、文字的なところを社会的なところから切り離すことなんて、スコレーのある人のすることである。スコスコ。

 しかしこれは、実践においても理想論を振りかざし続ける人や「あるべき」を人に小言で言い続ける人、また理想と現実の齟齬に悩まされる思春期の人が絶叫するところと形の上では同じである。相手が返答しづらいという欠点はあるが、少なくともそんな嫌なものや面倒なことにはならないように、こんなショーもないことを言いたいなと思っている。

 

 先日もこんな思考方法に則って考えていて、「エスカレーターは、escalate と通じているのだから、『エスカレーターの下り』は『段々と上昇していくものの下り』という意味になるからヘンテコではないか」といった話を思いついた。ここで先んじて説明していた「こうする必要」、すなわち escalate の齟齬を解消する語彙を不勉強ゆえに知らないことに気づいた。

 

ejje.weblio.jp (最終閲覧:2022年7月18日)

 

 Weblio英和辞書で対義語でも調べるかと思ったら、そんな小言がどうでもよくなるような話を見つけた*1。どうやら escalate という語は escalator からの逆成、つまり "escalator" からの連想で "escalate" という動詞が造語されたということが書いてあった。動詞に -er や -or を付けて名詞を作っているという思い込みを持っていたが、これは逆に動いているのは、考えれば不自然ではないものの、やはり日常動詞として使っているものがこのような成立過程を持っていることは面白い。

 

 ではエスカレーターが何から来ているのかというと、西洋のあるあるのラテン語からの造語らしい。もしかしたらラテン語から考えても小言が言えるかもしれない。そういうわけでラテン語の由来も見てみよう。

 

 ē(≒ex;from, out of)+ scāla(梯子,複数形の scālae で階段) + -or 

 

 と「梯子(階段)のヤベーヤツ」といった意味合いらしい。スゲー梯子なら登っても降りてもどっちでもいいなと思うのであった。

 しかし、scāla を語源へと遡ると「登る」とか「ジャンプ」という意味合いに通じている様子なので、やっぱり「下りエスカレーター」は「上るものの下り」というUターン的な話をしている気がしないでもない。これはやはり小言としてアリではないか。

 

 もうちょっと雑でもいいから調べてみるかと、Wikipedia を読むとこんなことが書いてあった。

"Escalator"という語は元々、アメリカ合衆国の企業オーチス・エレベーター社(Otis Elevator Company)の登録商標で、商品名である。しかし、当時この自動式階段を表す適当な語句が他に無く、一般に「エスカレーター」と呼ばれたため、普通名称化した経緯がある。オーチス・エレベーター社では既に商標権を放棄している

 

出典:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC (最終閲覧:2022年7月18日)

 つまり、エレベーターは自動階段の商標であり、ステープラーにおけるホッチキス的な関係性だったらしい。

 商品名ゆえに、小悪魔コスプレをしたキューピー人形もキューピー人形であるように、機械名称がエスカレーターなので、上りも下りも「エスカレーター」であって下りのエスカレーターに何の疑問もさしはさむ余地はない。それゆえの「上りエスカレーター」と「下りエスカレーター」の言い分けである。

 というより、エスカレーターがそもそも普通名詞であり、それを今回はそういう思考方法でわざとずらしていたのは今更の話である。

 

 いや、でもそれならエレベーターはと言いたくなるが、際限が無くなるので今回はここで筆を擱くことにする。エレベーターは普通名詞だ。

*1:対義語は本題から逸れるのでこちらに書くが、関連語や派生語として書かれている de-escalate (緩和)が対義語のようである。